松山城南高等学校 普通・調理・商業・看護・福祉科

大助校長の”Take it easy.”

2017年1月24日

「昔から、人と同じが・・・。」その⑨★校長ブログNo.28

「昔から、人と同じが・・・。」その⑨
「スパイク」(マニアックな話)

前回、高校時代ラグビー部だった話をしましたが、
当時の高校ラグビーは、
現在では必着のヘッドキャップ・マウスピースの義務はありませんでした。

スクラムの最前線フロントロー(専門的ですみません)の選手は、
耳がわく(沸く)といって、
ギョーザのような耳になるのが嫌で
ヘッドキャップを着用することもありました。

ラグビーの試合では、「寸鉄身に付けず。」と、
金属を身に着けることは一切できませんでした。

ジャージ(上着)、短パン、ストッキングと揃いのユニフォームをまとって、
唯一の武器はスパイクでした。

スパイクだけは、
選手それぞれサイズも違うしメーカーも違う。

それこそ、自分に合ったスパイクを選ぶことが出来ました。

ここからは、ラグビー経験者しか分からない分野ですが・・・

当時一番人気があり、
我々四国の田舎選手の憧れは、東京のメーカー「スズキ」。

靴底がスカイブルーで、「ブルーソール」の名称で販売されており、
大学や社会人のトップ選手はほぼこの「ブルーソール」でした。

田舎のラガーメンは、通信販売で購入していました。

同じ東京に「タザワ」というメーカー(靴屋)があり、
「イエローソール」が目印でした。

私は足型をとって
(左右の足の外周を鉛筆で上からなぞる。足の甲もメジャーで測って)
オーダーしました。

靴屋が本業でしたから、ピッタリのスパイクが出来上がりました。

ブルーソール全盛の時代に、イエローソール。

花園もイエローソールで出場。

28歳で選手を引退するまで私は、イエローソールで通しました。

今はもう、そのメーカーはありません。・・・多分(最近見たことがない)

・・・続く

☆次回は、1月31日(火)配信予定です。

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