松山城南高等学校 普通・調理・商業・看護・福祉科

大助校長の”Take it easy.”

2018年10月9日

判官びいき③★校長ブログNo.110

先週のお約束通りに
判官びいきの話を
続けたいと思います。

ちなみに、

「判官びいき①」

「判官びいき②」

も良ければご覧ください。

*********************************

厳(いか)つき大男の弁慶から
因縁をつけられ、
襲ってこられた紅顔の美少年牛若丸が、
ヒラリヒラリと攻撃をかわして、最後は
「参りました。貴方の家来にして下さい。」
とお願いするという話です。

義経がイケメンではなく、
“鬼瓦権蔵”のような不細工な男だったら、
“判官びいき”という言葉は
できなかったかもしれませんね。

いつの時代も、イケメンは得ですな。

但し、弁慶が不細工だった
という説は特にないようです。

更に、このイケメンの人気は凄まじく、
平泉で自刃したことが信じられない、
受け入れたくない人々が、
「義経は死んでおらず
何とか逃げ延びて、
蝦夷(北海道)から大陸に渡り、
モンゴル(元)でジンギスカンになって、
やがて中国を支配した。」
との“義経伝説”まで
発展するのでした。

注:あくまでも伝説であり、
歴史学的には認知されてない
(“判官びいき”にも程があるでしょ)。

あとひとつ、
義経が弁慶と一緒に
奥州平泉に逃れるときに、
安宅(あたか)の関
(現在の石川県小松市付近に
あったとされる関所)で、
義経一行ではないか?
と役人に引き留められます。

弁慶は、義経ではない
ということを証明するために、
主人である義経を殴ったり
暴言を吐いたりして、
役人からの追及をかわそうと
芝居をします。

役人の長である、
富樫という侍は、
弁慶の嘘を見破っていましたが、
家来が主人を守ろうとする
一途な姿に感動して、
わざと関所を通して見逃します。

この出来事を物語にしたのが、
歌舞伎(特に市川家:団十郎・海老蔵)
で有名な演目、“勧進帳”です。

・・・続く

松山城南高校イメージキャラクター城ニャン
城南の牛若丸?校長城ニャン

過去記事はこちら

PAGE TOP