松山城南高等学校 普通・調理・商業・看護・福祉科

大助校長の”Take it easy.”

2019年11月26日

昭和生まれ・・・シリーズ➂宇高連絡船その1★校長ブログNo.160

昭和生まれシリーズ③
・・・宇高連絡船その1

「昭和生まれシリーズ」
昭和生まれシリーズ①
昭和生まれシリーズ②

 

この12月に
「宇高(ウコウ)連絡船・宇高(ウタカ)国道フェリー」
が休止されると新聞に出ていました。

若い人は乗ったことないだろうな。

若い世代には、
何のことか分からない人が
多いだろうから、
少しだけ説明して、
私の思い出を
披露したいと思います。

ちなみに私は、
ウコウ読みです。

宇高連絡船というのは、
岡山県玉野市の野と
香川県の松市を結ぶ
フェリーです。

今は、瀬戸大橋が開通して、
電車も車も橋を通って
四国と本州が結ばれていますが、
私が大学生だった昭和50年頃は、
東京-松山の行き来は
主に国鉄(JRの前身)でした。

飛行機も使えましたが、
結構運賃が高くて
庶民には高根の花で、
メインは国鉄かな。

※瀬戸大橋開通は、昭和63年4月10日(1988)です。

今でこそ電化されて電車と
言っていますが、
当時はディーゼル機関車(汽車)でした。

蒸気機関車も走っていましたよ。

私が東京(日本体育大学)に行くには、
予讃本線松山駅から高松まで乗車し、
宇高連絡船に乗って海を渡り、
岡山県の宇野港に上陸します。

宇野から宇野線に乗り換えて
岡山駅で降ります。

岡山駅には、東海道本線という
日本鉄道の大動脈が通っており、
普通列車のほか新幹線にも乗れます。

新幹線“ひかり”で
東京まで4時間ほどだったかな。

当時、東京-大阪が
3時間10分だったと記憶していますが、
松山-高松が約3時間、
連絡船が1時間、宇野線で
30分とか乗り換え時間まで
入れると、9時間くらいは
かかっていたのかな。

ちなみに、
最新の同じルートを
検索してみると、
6時間3分でした。

更に東京駅から山手線に
乗り換えて、
渋谷で降りて、
バスに乗ったら大学まで
約1時間半。

トータルで10時間を
超えますから、
結構な長旅でしたよ。

2年生頃には、
少々お金がかかっても
時間が早い方が楽だからと、
飛行機で行き来するように
なりました。

汽車と新幹線での9時間は、
途中で弁当を買ったり
していると、意外と費用もかかります。

それと、学生証を提示しての
「スカイメイト」という方法を
使えば、半額運賃で飛行機に
乗れるのです。

但し、スカイメイトでは
搭乗予約は出来ません。

羽田空港で待っていて、
座席に空き(元々満席でなかった)があるか、
キャンセルがあって席が空いた時のみ
使えるのですが、
空きがなければ
乗れないというところが
欠点でした。

・・・続く

 

校長城ニャン

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