松山城南高等学校 普通・調理・商業・看護・福祉科

大助校長の”Take it easy.”

2019年12月10日

昭和生まれ・・・シリーズ⑤宇高連絡船その3★校長ブログNo.162

昭和生まれシリーズ⑤
・・・宇高連絡船その2

「昭和生まれシリーズ」
昭和生まれシリーズ①
昭和生まれシリーズ②
昭和生まれシリーズ③
昭和生まれシリーズ④

 

ラブストーリーは突然に
      ・・・(2)

 

初対面のうら若き女性
伊丹空港から松山まで帰ることになって、
新幹線で岡山まで行き宇野線を経て、
宇高連絡船に乗ることが出来ました。

正直ここまでは、
「とにかく松山まで帰らねば面目が・・・」
の思いが強く、
乗り継ぎの慌ただしさもあって、
ほとんど会話もありません。

また、私への警戒
していたと思うので、
お互い口数も少なく
自己紹介もしていない
状態でした。

宇高連絡船に乗船後、
対面席に座ってやっと一安心。

さすがに顔を向き合わせたら、
自己紹介をしないと不自然ですよね。

私:「申し遅れましたが、僕は
日本体育大学の○年生です。

実家は松山の三津です。」
名前は・・・と
続けようとしたら、

女性:「私も松山で、
名前は○○○○といいます。
東京の□□大生です。」

私:「そうですか、
□□大はお嬢さん大学と
聞いています。

御見それしました。」

女性:「ところで、
三津なら“コウノダイスケ”さん
という方をご存知ありませんか?」

私:ゲビーン!
こりゃどういうこっちゃ。

「えっ!コウノダイスケ・・・
しっ知っていますが、
その男何かしでかしましたか?」
オロオロ・・・

女性:「いえ、
私の高校で同じ部活だった
子が三津中で、
その子から
コウノダイスケさんの話を
聞いていたものですから。」

私:なるほど納得。

「そうですか。

奇遇ですねー。

僕が当の本人です。」

女性:「えーっ!・・・・」

 

要は、私の中学校の同級生A子が、
「三津中には、コウノダイスケという
“男前”が居た。」と言っていたそうな
(A子さん、なかなか見る目があるじゃないの)

共通の友人が
登場したことで、
警戒も解けて一気に
雰囲気が変わりました。

言葉遣いも、
→わし。

そうですか→ほーかな。

お陰様で高松から松山までの
3時間半、ローカルな話題で
盛り上がって、楽しい時間を
過ごせました。

松山駅での別れも、
「ほな、さいなら。」で、
LINEの交換も無しの
あっさりしたもの
(当時はスマホも無いし)。

いや、電話番号交換はしたかも?

今となっては、
その時の女性の名前も思い出せません
(万一このブログを見ていたらごめんなさい。)

まぁ、可愛い女性ではあったかな。

という訳で、
ラブストーリーには成らず、
奇遇」だけが残りました。

宇高連絡船の
唯一の思い出でした。

おあとがよろしいようで・・・終わり

写真:当時の私(体重65㎏ 現在より-25㎏)
警戒されるかのぉ?松ちゃん。

 

校長城ニャン

松山城南高校イメージキャラクター
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